
このコラムの要点(目次)
相続税に関する問題は年々増加しており、それに伴い税務調査の重要性とその実態への関心が高まっています。
特に現在は、デジタル化の進展により税務署の調査能力は飛躍的に向上しています。
相続税の正確な申告が求められる中、税務調査や脱税に関する事例を知ることはリスク管理に不可欠です。
この記事では、相続税の税務調査がどのような確率で行われるのか、具体的な流れや脱税事例、そして無申告加算税などのペナルティを回避するための適切な対策について解説します。
税務調査は、税務当局が納税者の申告内容や税務手続きが適正に行われているかを検証するプロセスです。
国税庁の統計によると、相続税の実地調査が行われた案件のうち、実に8割を超える高い割合で申告漏れなどの非違(誤り)が指摘されています。
ここでは、税務調査の基本、時期、そして対象となる理由について解説します。
税務調査とは、国税通則法に基づき、税務署(または国税局)が納税者の申告内容を事実と照らし合わせ、その正確性や適法性を検証するために行う活動です。
この活動の目的は、適正な税収の確保と税法の遵守(コンプライアンス)の促進です。
税務調査を通じて、納税者間の公平性を保ち、国の財政基盤の安定を目指しています。
たとえば、申告内容に不明確な点(例:預金の出金使途が不明)や疑念(例:収入に見合わない資産形成)が見受けられる場合、税務署は申告書や付属資料を検証します。
悪質な脱税には厳しく対応しますが、単なる計算ミスであっても修正申告(更正)が必要です。
税務調査はランダムに行われるわけではなく、国税庁のKSKシステム(国税総合管理システム)による分析を経て、特定の条件下で実施されます。
「いつ」「誰が」対象になるかを知ることで、心の準備を整えることができます。
税務調査の対象は、主に相続税申告内容に不備、計算ミス、または意図的な隠蔽の疑いがあるケースです。
一般的に、相続税申告書を提出した人のうち、約20%〜30%程度(時期により変動あり)が調査対象になると言われています。
「自分は資産家ではないから大丈夫」と考えるのは危険です。
税務署は、過去の所得税の確定申告データ、不動産の登記情報、法定調書などを突き合わせ、以下の「異常値」や「矛盾」を徹底的に分析します。
⚠️税務調査の対象となる事例
これらの該当事項がある場合、1件ずつ精査され、調査が行われる可能性が高くなります。
なお、資産家や過去に相続税の調査が入った事案で現在も資産を多数保有していると考えられている案件は、継続管理事案として、相続開始毎に申告書の確認がなされている事案もあります。
税務調査は通常、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内)が過ぎてから実施されます。
最も多いタイミングは、申告書を提出した翌年または翌々年の夏から秋にかけてです。
具体的には、確定申告が一段落した4月以降に事案の第1次選別が行われ、税務署の人事異動が行われる7月以降に新体制で事案の配転が決定し、8月頃から電話連絡が入り始めます。
そして、9月〜11月にかけて実地調査が集中する傾向があります。
申告から1年〜2年後に連絡が来ることが多いですが、場合によっては5年近く経過してから調査が入ることもあります。
12月や確定申告時期(2月〜3月)は税務署が繁忙期のため、調査件数は比較的落ち着きますが、油断は禁物です。
税務調査では、過去5年分(原則)の申告漏れや不正を確認します。
相続税の時効(賦課権の除斥期間)は、原則として法定申告期限から5年です。
したがって、税務署は過去5年分の銀行取引履歴などを詳細に確認します。
ただし、偽りその他不正の行為(悪質な仮装・隠蔽など)が認定された場合、時効は7年に延長されます。
税務署は、直前の出金だけでなく、金融機関の保存義務期間である過去10年分の取引履歴を取り寄せて調査することもあります。
適切な申告と記録管理が、調査長期化やペナルティのリスクを軽減します。
税務調査は、公正な税制維持と適切な税収確保のために実施されます。
背景には、税収への信頼確保、公平な税負担の実現、申告内容の正確性確認があります。
特に相続税は「資産の再分配」という社会的機能を担うため、富裕層の資産隠しに対する監視は厳格です。
税務調査の主な理由は、適正な徴収の確保と、財産の記載漏れや誤申告の防止です。
土地などの不動産評価や非上場株式の評価は複雑で、誤りが生じやすいポイントです。
高額な不動産や複雑な財産構成が含まれる場合、適正な時価で評価されているかを確認します。
こうした調査は、真面目に納税している人が損をしないよう、公平な課税を保証するために行われます。
税務調査の重要な役割の一つは、相続税申告において財産や所得の漏れがないかを確実に確認することにあります。
相続による財産の移転は家族関係や個人の資産状況など、複雑な要素が絡むことも多く、その透明性と正確性を保つことが求められます。
例えば、過去には以下のような事例で追徴課税が行われています。
⚠️追徴課税の可能性があるケース
これらは、税務署のKSKシステムや金融機関への照会権限により、高い確率で判明します。
調査によりこれらが明らかになった場合、修正申告と過少申告加算税(または重加算税)が課されます。
税制改正は、財務計画や納税負担に直接影響します。
近年の改正で特に重要なのは、基礎控除額の引き下げと、贈与税と相続税の一体化に向けた動きです。
これにより、従来は対象外だった家庭も課税対象となり、税務調査のリスクが増加しています。
例えば、小規模宅地等の特例の適用要件の厳格化や、マンションの相続税評価額の計算ルール変更(いわゆるタワマン節税封じ)など、申告に影響する改正も相次いでいます。
最新の法改正を注視し、過去の相続対策が現在も有効かを見直すことが不可欠です。
税務調査には「任意調査」と「強制調査」の二種類があります。
一般家庭の99%は「任意調査」ですが、流れを知っておくことで落ち着いて対応できます。
税務調査における任意調査と強制調査について解説します。
任意調査
税務署が納税者の同意を基に行う調査です。事前に電話で日程調整が行われます。
「任意」といっても、正当な理由なく拒否することはできず、実質的には受忍義務があります(国税通則法第74条の2)。
一般的な相続税の調査はこれに該当します。
強制調査
裁判所の令状に基づき、国税局査察部(通称:マルサ)が強制的に行う調査です。
悪質で巨額な脱税(総額が億単位など)が疑われる場合に実施され、事前の通知なく突然行われます。
ほとんどのケースは任意調査ですので、過度に恐れる必要はありませんが、質問には誠実に回答する必要があります。
一般的な任意調査(実地調査)は、以下の流れで進行します。
税務調査の結果が出るまでには、通常1ヶ月〜3ヶ月程度かかります。
実地調査後、調査官は銀行への反面調査(裏付け調査)などを行い、申告内容に誤りがないかを最終確認します。
修正事項がなければ「申告是認(問題なし)」として終了しますが、指摘事項がある場合は、税理士を通じて交渉を行い、修正申告書を提出して納税を済ませることで完了します。
長引く場合は半年以上かかる案件もありますが、早期解決のためには迅速な資料提出などの協力が必要です。
税務調査では「申告書に載っていない資産」が焦点となります。以下の資産は特に厳しくチェックされます。
預金口座やタンス預金(自宅保管現金)は、最も申告漏れが多い資産です。
金融機関の過去の入出金履歴から、以下のケースが厳しく調査されます。
これらの現金が相続税申告書に計上されていない場合、税務調査で必ず指摘されます。
調査に備えて、生活費や医療費、葬儀費用などに使った場合は、領収書などの記録を整理しておくことが重要です。
「名義預金」とは、名義は家族(妻、子、孫)だが、実質的な管理・所有を被相続人が行っていた預金のことです。
これは調査で最も指摘されやすい項目の一つです。
これらは「名義借り」とみなされ、被相続人の遺産として課税対象になります。
これを回避するには、生前から贈与契約書を作成し、受贈者本人が通帳・印鑑を管理し、自由に使用できる状態にしておく(贈与の成立要件を満たす)必要があります。
不動産資産は評価額が大きいため、主要な調査ターゲットです。
国内不動産については、登記情報との照合で所有者はすぐに判明しますが、問題となるのは「評価額」の計算です。
土地の形状や路線価の適用ミス、小規模宅地等の特例の適用誤りなどがチェックされます。
海外不動産や海外預金も、現在はCRS(共通報告基準)により、各国の税務当局間で口座情報が交換されているため、隠し通すことは不可能です。
「海外資産はバレない」というのは過去の話です。
これらについても、正確な情報を記載した申告書を作成し、購入時の契約書や送金記録を適切に管理しておくことが重要です。
資産構成の特徴によっても、税務調査の対象となる確率は変わります。
以下の特徴に当てはまる場合は注意が必要です。
相続財産に占める現金・預貯金の割合が高い、または総額が大きい場合、税務調査の対象になりやすい傾向があります。
現金は不動産と異なり、移動や隠匿が容易であるため、税務署は「まだ他にもあるのではないか?」と疑いの目を向けます。
特に、被相続人が会社経営者や医師などで高収入であったにもかかわらず、申告された預金額が想定より少ない場合、使途不明金や別口座への隠し資産を徹底的に調査されます。
過去の確定申告データと相続財産の整合性が取れているかがポイントになります。
名義預金の疑いや国外財産がある家庭は、調査対象としての優先順位が高くなります。
特に国外財産については、為替レートの換算ミスや、現地の税制との兼ね合いでの申告漏れが頻発するため、専門的なチェックが入ります。
5000万円を超える国外財産がある場合に提出義務がある「国外財産調書」の提出状況なども照らし合わされます。
生前贈与を積極的に行っていた家庭も注意が必要です。
「相続時精算課税制度」を利用している場合や、年間110万円を超える贈与を行っていた場合、それらが適正に申告されているか、また相続開始前3年(改正後は最大7年)以内の持ち戻し計算が正しく行われているかが確認されます。
家族間での資金の貸し借り(貸付金・借入金)がある場合も、契約書がないと「贈与」とみなされるリスクがあります。
相続税の税務調査には、その他さまざまな要因も関与しています。
税理士の関与の有無や、過去の納税履歴なども、調査選定に影響します。
相続税申告は非常に専門性が高い分野です。
「自分で作成した」「相続専門ではない税理士に依頼した」場合、税務署は計算ミスや特例適用の誤りを疑います。
特に相続税の減額効果の大きい特例(小規模宅地等、配偶者控除)の要件確認は厳格です。
資料の不備や記載ミスは調査を招く直接的な原因となります。
実績のある相続専門の税理士に依頼することが、最初のリスク回避策となります。
過去の贈与履歴が不明確な場合、調査リスクが高まります。
税務署は、被相続人と相続人の過去の所得税や贈与税の申告データを蓄積しています。
「贈与税の申告がないのに、子供が高額な不動産を購入した」といった矛盾はすぐに発覚します。
また、教育資金や結婚・子育て資金の一括贈与などの非課税特例を利用している場合も、領収書の保管や口座管理がずさんだと、調査時に特例の否認をされる恐れがあります。
税務調査は精神的にも時間的にも負担が大きいものです。
税務調査を完全に回避することはできませんが、確率を大幅に下げる準備は可能です。
専門家と協力し、透明性の高い申告を行いましょう。
「書面添付制度(税理士法第33条の2)」を適切に活用することで、税務調査のリスクを軽減できます。
これは、申告書を作成した税理士が「どのような資料に基づき、どのような検討をして申告書を作成したか」を詳しく記載した書面を添付する制度です。
この書面があれば、税務署はいきなり実地調査を行う前に、まず税理士に対して意見聴取(面談)を行う義務があります。
そこで疑問点が解消されれば、実地調査が省略される(調査が来ない)ケースも多々あります。
相続税申告における書面添付制度の利用率は年々上昇していますが、すべての税理士が対応しているわけではありません。
税理士の選び方として、この制度の活用実績を確認することをおすすめします。
早めの財産整理は、相続税の申告を円滑に進め、負担を軽減します。
生前から「財産目録」を作成し、不要な口座を解約・集約するだけでも、申告漏れのリスクは激減します。
また、相続税対策(節税)を行う場合は、否認されないための法的な裏付けを整えておくことが必要です。
税理士のアドバイスを受けながら、計画的に生前贈与を行い、証拠を残すことで、将来の税務調査に耐えうる準備が整います。
贈与や財産管理の客観的な証拠を残すことが非常に重要です。
税務調査では「事実認定」が争点になります。
「あげたつもり」「もらったつもり」ではなく、客観的な証拠が必要です。
これらの明確で整理された記録は、調査時の「証拠」となります。
いざ「税務調査に来ます」と連絡があった場合、パニックになる必要はありません。
適切な準備と対応を行えば、ペナルティを最小限に抑えることができます。
ここでは、調査連絡が来てから当日までにやるべきことを解説します。
調査連絡があったら、まずは関与税理士に連絡し、日程を調整します。
そして調査当日までに以下の書類を準備・確認します。
これらの書類を整理しておくと、調査官の心証も良くなり、調査がスムーズに進みます。
隠そうとして書類を破棄したり隠蔽したりすることは、重加算税の対象となる最悪の行為ですので絶対にしてはいけません。
調査当日の午前中は、主に相続人に対するヒアリングが行われます。
調査官は雑談を交えながら、財産形成の経緯や家族の状況を確認します。
冷静に、誠実に対応することが、早期終了への近道です。
税務調査時に調査官が投げかける質問には、すべて意図があります。
「なぜそんなことを聞くの?」と思うような質問でも、裏では申告漏れの端緒を探っています。
想定される質問内容を知っておきましょう。
これらの質問に対し、事実と異なる回答をしてしまうと、後で証拠(通帳や契約書)が出てきた際に信用を失います。
税理士と事前の打ち合わせで記憶を整理しておくことが重要です。
税務調査で申告漏れが指摘された場合、本来納めるべき税金(本税)に加えて、ペナルティとしての「附帯税」が課されます。
主なペナルティは以下の通りです。
| ペナルティの種類 | 概要・税率 |
|---|---|
| 過少申告加算税 |
期限内に申告したが、金額が少なかった場合。
原則:追加税額の10%(一定額を超えると15%)
|
| 無申告加算税 |
期限内に申告していなかった場合。
原則:税額の15%〜20%(調査通知前の自主申告なら5%)
|
| 重加算税 |
事実を仮装・隠蔽(隠したり書類を改ざんしたり)した場合。
税率:35%〜40%。最も重いペナルティです。
|
| 延滞税 |
納付期限から遅れた日数分だけかかる利息。
原則:年2.4%〜8.7%(時期により変動)。
|
例えば、1000万円の申告漏れが見つかり、本税が300万円増えた場合、重加算税なら約100万円以上がプラスされます。
調査で指摘を受け、その内容に納得した場合は「修正申告」を行い、追加の税金と加算税・延滞税を納付します。
もし、調査の通知が来る前に「申告漏れ」に気づいた場合は、自主的に修正申告をすることで、過少申告加算税がかからない(または軽減される)場合があります。
「申告し忘れた財産があるかも」と不安な場合は、調査の連絡が来る前に、一刻も早く税理士に相談ください。
自主的な対応が、経済的・精神的負担を最小限にします。
税務調査は恐ろしいものではありませんが、相続税額の計算方法は複雑で、財産評価や特例の適用など多岐にわたります。
そのため、正しい知識と準備がなければ、思わぬ高額なペナルティを受けるリスクがあります。
相続税の申告や税務調査に不安がある方は、専門家である税理士の助言を受けると良いでしょう。
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