
このコラムの要点(目次)
個人に対する税務調査は、申告書の内容や納税額が正しく計算されているかを確認するために行われます(国税通則法第74条の2)。
会社員の場合、年末調整により納税手続きが完結しますが、副業を持つ人や個人事業主において、記帳内容や経費の取り扱いに不備がある場合には調査対象となるリスクが高くなります。
また、基準期間の売上が1,000万円を超えると消費税の課税事業者となる義務が生じるため、所得税だけでなく消費税の申告漏れがないかも厳格にチェックされます。
税務当局は公平な課税を実現するため、帳簿や証拠書類に基づいた実態の確認を行います。
税務調査は、申告内容が正確であるかどうかを確かめるために実施され、所得税や消費税の把握、控除の適切さなどを重点的にチェックします。
国税庁はKSKシステム等のデータベースを活用し、過去の申告データや取引先からの支払調書などと照合を行っています。
特に申告漏れや無申告などのリスクが高い業種・業態(バー・クラブ、その他の飲食、外国料理、土木工事、美容、建築工事、廃棄物処理、船舶など)に注目されることが多く、個人事業主も決して例外ではありません。
また、売上や経費が前年と比較して大きく変動した際には、その理由を確認するために税務署が調査を行うケースもあります。
調査はあくまで「申告内容に間違いがないかの確認」が目的であり、正しく申告している場合は過度に恐れる必要はありません。
税務調査には大きく分けて「任意調査」と「強制調査」の2種類があります。
任意調査(国税通則法第74条の2~)
通常行われる調査のほとんどがこちらです。原則として事前に税務署から電話等で通知があり、納税者との日程調整のうえで実地調査が行われます。
「任意」と呼ばれますが、正当な理由なく拒否することはできず、黙秘権も認められていないため、質問検査権に対する受忍義務があります。
強制調査(国税通則法 第11章など)
脱税額が多額(1億円以上など)で、悪質な不正や隠蔽工作の疑いがある場合に、裁判所の令状に基づいて行われます。
この場合、事前通知なく突然の家宅捜索(ガサ入れ)や帳簿・通帳の押収が行われます。
個人であっても、意図的に多額の所得を隠しているとみなされれば強制調査(査察調査)の可能性は否定できませんが、一般的な調査は「任意調査」であるため、冷静な対応が求められます。
税務当局は特定の基準や指標に基づいて、優先的に調査を行う対象を選定しています。
特に、申告書の内容と実際の生活水準や資産状況に乖離がある場合などは注意が必要です。
個人事業主が調査対象になりやすい理由の一つに、法人に比べて経理処理のチェック体制が甘く、申告の不正リスクが高いという点が挙げられます。
特に、明確な経理処理ルールや内部統制システムが整っていない個人事業主はミスが発生しやすく、税務署のチェックの目が向きやすいです。
個人事業主にとって売上1,000万円は、インボイス制度の導入により、消費税の課税事業者・免税事業者を判断する大きなボーダーラインです。
基準期間(前々年)の課税売上高が1,000万円を超えると、その年は消費税の納税義務が発生します。
この金額をわずかに下回る900万円台後半で推移している事業者は、「消費税の納税義務を回避するための売上除外(過少申告)」を重点的にチェックします。
売上が1,000万円前後で推移している場合や急激な変動がある場合は、不自然な操作がないか厳格に調査されます。
国税庁は毎年「事務年度」ごとに重点調査対象となる業種を公表しています。
特定の業種で申告漏れが多数見つかれば、税務署はその業種全体に警戒を強め、集中的に調査を行うことがあります。
近年では、アフィリエイト、暗号資産(仮想通貨)、システムエンジニア、転売(せどり)などのインターネット取引を行う業種や、富裕層に対する調査が強化されています。
こうした業種に属する個人事業主は、定期的に申告内容を精査されるリスクが高いと言えます。
飲食業、建設業、美容業など、現金での取引が多い業種は、入出金の記録が銀行口座に残らないため、売上計上の漏れ(売上除外)や架空経費の計上が容易にできてしまうと見なされがちです。
クレジットカード決済や銀行振込をメインにしている事業主よりも、収支の透明性が確保しづらい点が調査リスクを高めます。
基本的な取引の証拠(レジペーパー、領収書控え、現金出納帳)をきちんと残しておくことで、不要な疑いをかけられるのを防ぐことができます。
売上に対して経費の比率が著しく高い、あるいは特定の経費科目(接待交際費、旅費交通費など)が急増している場合、税務署は費用計上の根拠を詳しく調査します。
経費の金額だけでなく、その目的や「事業との関連性」も厳しくチェックされるため、領収書や請求書などを最低限そろえておく必要があります。
もしも私的な支出を事業経費として計上していたことが判明すると、それは「仮装・隠蔽」とみなされ、重いペナルティを科される恐れがあるので注意が必要です。
税務調査では、事業に関係する書類やデータが幅広くチェックされます。
以下の内容を把握しておくと、当日の混乱を減らせるでしょう。
青色申告決算書や収支内訳書の元となった「帳簿」だけでなく、その根拠となる原始資料(領収書、請求書、納品書)は必ず確認されます。
また、近年重要視されているのがパソコン内データや電子取引の記録です。
電子決済サービスやクラウド会計ソフトのデータ、メールでの受発注履歴も調査対象に含まれます。
曖昧な仕訳や根拠のない記載が続くと、不正を疑われるリスクが高まるでしょう。
1件ごとの取引について、契約書や見積書も重要な確認対象となるため、小さな取引でも書類は法律で定められた期間(原則7年間)保管しておくことがポイントです。
個人事業主の場合、仕事用スペースと自宅スペースが区分されていないことが多く、プライベートな領域も調査員の目に留まる可能性があります。
調査官は「生活費がどこから出ているか」という観点からも調査を行います。
例えば、家事按分(家賃や光熱費のうち事業に使用した割合)の計上内容が不適切だと、経費割合を再計算され、追徴課税につながりやすくなります。
また、金庫やタンス預金の確認を求められることもあります。
生活費と事業費を明確に分ける(事業用口座を作る等)ためにも、日頃から帳簿管理を徹底しましょう。
通常の税務調査であれば、直近3年分の申告内容を確認するケースがほとんどです。
しかし、計算誤りが頻発している場合や、申告内容に大きな疑義がある場合は5年分まで遡及されます。
さらに、偽りその他不正の行為(脱税)が疑われる場合には、国税通則法第70条に基づき、最大で7年間遡って調べられることもあります。

税務調査当日の流れは次の通りです。
原則として、税務署の担当官から電話で連絡があります。「〇月〇日に調査に伺いたい」という打診がありますが、仕事の都合がつかない場合は日程の変更を申し出ることが可能です。
この段階で、顧問税理士がいる場合はすぐに連絡し、立ち会いを依頼しましょう。
資料の準備や受け答えのシミュレーションなどを行ないます。
午前中は事業概況のヒアリング(事業の沿革、取引の流れ、家族構成など)が行われ、午後から帳簿や書類の現物確認が行われるのが一般的です。
通常、個人事業主の調査は1日から2日程度で終了します。
実地調査から数週間~1ヶ月後、税務署から調査結果の連絡があります。「申告是認(問題なし)」または「指摘事項あり」のいずれかが通知されます。
もっとも大切なのは、正確な帳簿付けと領収書・請求書の整理です。
会計ソフトを活用し、定期的に収支をチェックしていれば、調査当日に慌てることが減るでしょう。
調査当日は、調査官の質問に対し、記憶が曖昧なことは「確認してから回答します」と答え、即答を避けるのがミスを防ぐコツです。
不確かなことを断定して話すと、後で事実と異なった場合に「虚偽の説明」と疑われかねません。
また、税理士に立ち会いを依頼することで、専門的な見地から調査官の指摘が適正かどうかを判断し、不当な課税を防ぐためのアドバイスやサポートを受けることができます。
税務調査で不備を指摘された場合、修正申告や追徴課税が求められる可能性があります。
経済的なダメージを抑えるためにも、早めにリスクを把握し、適切に対処しましょう。
特に経費が不自然に大きいと、税務署は領収書や契約書による証拠を厳しくチェックします。
「架空の人件費を計上する」「私的な旅行費用を経費にする」など、虚偽の理由で経費を計上していると判断されれば、単なる計算ミスではなく「仮装・隠蔽」を伴う不正経理とみなされます。
この場合、本税に加え、最も重いペナルティである重加算税(35%~40%)が課されることになります。
調査の結果、申告漏れが判明した場合には、税務署から「修正申告」の勧奨が行われます。
修正申告
自ら誤りを認めて申告内容を修正すること。
更正
納税者が修正に応じない場合、税務署長が職権で税額を決定すること。
期限内に修正申告を行い、不足分の税金や延滞税を支払うことになります。
特に延滞税は納付が遅れるほど増大するため、指摘事項に納得できる場合は、早期に手続きを済ませることが得策です。
一方で、税務署の指摘に納得できない場合は、専門家である税理士を通じて主張を行うことも重要です。
個人の税務調査は、納税者自身で対応することも可能ですが、税法の専門知識を持つ税理士に依頼することで多くのメリットが得られます。
精神的な負担の軽減:
調査官とのやり取りを税理士が代行・同席するため、精神的なプレッシャーから解放されます。
不当な課税の回避:
調査官の指摘が法的に正しいか判断し、解釈が分かれるグレーゾーンにおいて納税者の立場から正当な主張・反論を行います。
事前対策によるリスク低減:
調査前の「模擬調査」などを通じて、指摘されそうなポイントを整理し、合理的な説明を準備できます。
特に、日頃顧問税理士をつけていない方でも、税務調査の連絡が来たタイミングだけの「スポット対応」を受け付けている税理士事務所もあります。
「自分で対応できるか不安」「仕事に集中したい」という方は、まずは無料相談などを利用して専門家の意見を聞くことをおすすめします。
個人への税務調査は、一定の条件下で誰にでも起こりうるリスクです。
正確な申告や資料整理を習慣づけ、安心してビジネスを続けるための基盤を整えておきましょう。
税務調査は、個人事業主や副業を行う方にとっても決して他人事ではありません。
特に無申告や申告漏れ、高額経費や現金取引などの要因は調査リスクを高めます。
調査の連絡(問い合わせ)が来たときは、慌てずに状況を整理し、必要であれば税務調査に強い税理士などの専門家の力を借りることが重要です。
適切な説明と準備があれば、税務調査は過度に恐れる必要はありません。
万一の際に慌てないよう、日頃から透明性の高い経理処理を心がけましょう。
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